沿革

祭りは、村人たちが干ばつや疫病に見舞われた際、神々に救いを求めたことから始まったと伝えられています。村人たちは雨や豊作を願い、太鼓を打ち鳴らして祈願しました。こうした習わしが発展し、現在の国重白山神社で行われる夏祭りへと受け継がれました。白山神社の御祭神である菊理媛命(くくりひめのみこと)に奉納される「国重太鼓」は、現在、能登町無形民俗文化財に指定されています。


祭りを訪れて

祭りの2日目、午後に行われるキリコ巡行を見に訪れました。面白いことに、神輿を担ぐ人手が不足していたため、神輿は軽トラックに載せて運ばれていました。また、キリコの担ぎ手の中には、祭りを支援するために近隣の町から来ていた人もいたようです。

キリコは1基のみで、ほかの祭りで見られるような車輪は付いておらず、担いで運ばれていました。巡行では、キリコが先頭を進み、その後ろを神輿を載せた軽トラックが続いていました。

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