冨木八朔祭礼 2026
富木八朔祭礼は、志賀町で行われる2日間の祭りで、周辺の各地区から20基を超えるキリコが集まります。初日の夜は、キリコが神社へ入る「宮入り」が大きな見どころ。その後、住吉神社へ向かって夜道を進みます。2日目には神輿が増穂浦海岸に集まり、白い砂浜と松並木が続く海岸線を進む「浜廻り」が行われます。
沿革
約1,000年の歴史があると伝えられる祭礼で、「くじり祭り」とも呼ばれています。その起源には、二柱の神が夫婦となったという地域の伝説が残されています。増穂浦に漂着した男神を女神が助けたことが二神の出会いの始まりとされ、その後、男神が女神を訪れる年に一度の渡御が行われるようになったと伝えられています。現在も神輿の渡御や2日目の「浜廻り」に、その伝統が受け継がれています。
祭りを訪れて
志賀町へ
祭りの前の週はかなり雨の日が続いていたため、祭りが中止にならないか少し心配していました。珠洲から車で約2時間かけて向かい、志賀町を訪れるのは今回が初めてでした。訪れる前は、志賀町は人も少なく、少し離れた静かな町というイメージを持っていました。しかし、実際に行ってみると、年齢を問わず多くの人が外に出て、祭りに参加していることに驚きました。
天気にも恵まれました。週の予報では雨が続いていましたが、巡行中は雨が降ることなく、無事に祭りを見ることができました。面白いことに、同じ時間帯でも能登の他の地域では強さの違う雨が降っていました。
お旅祭り
今回は、キリコの巡行が中心となる祭りの初日に参加しました。住吉神社での行事は午後4時頃から始まりました。鉦や太鼓の音に加えて、活気のある祭り唄が響いていました。特に印象に残ったのは、キリコを担ぎながらマイクを使って歌っていたことです。


私たちは住吉神社から冨木八幡神社まで、約2kmの巡行を追いました。途中には何度か休憩があり、全体で約2時間ほど続きました。住吉神社を出発した後、途中から他の地区のキリコも合流し、神社へ向かうにつれてキリコの列がどんどん長くなっていきました。



キリコと祭り唄
キリコの担ぎ手はそれぞれ異なる色の法被を着たグループに分かれていました。それでも、同じ祭り唄を通して一つになっているように感じました。また、この祭りのキリコは、私がこれまで見てきた他のキリコ祭りと比べて、文字を中心とした装飾が多いように感じました。歴史上の人物などを描いたものはほとんど見られなかったのも印象的でした。




担ぎ手に若い人が多かったのも興味深い点でした。中には、キリコを担ぎながらタバコを吸ったり、缶ビールを飲んだりしている人もいました。祭りの中にある気取らない雰囲気と、担ぎ手たちの勢いの両方が感じられました。キリコにはさまざまな大きさや色があり、中には赤いキリコもありました。私にとっては、赤いキリコを見るのは初めてでした。午後6時半頃になるとキリコに明かりが灯り始め、夕暮れが近づくにつれて、巡行の姿がさらに目立つようになりました。




巡行の終点へ
冨木八幡神社に到着すると、1本700円の祭りの牛串を買いました。神社にお参りをしてから、道の端に座って牛串を食べながら様子を見ていました。その後、キリコが神社の入口に並びました。担ぎ手たちは大きな声で歌いながら、キリコを再び担ぎ上げたり、持ち上げたりしていました。神社の前でキリコが一斉に上げられる光景は、今回の巡行の中でも特に印象に残りました。祭りの2日目には、増穂浦海岸に神輿が集まる「浜廻り」が行われます。残念ながら、今回はこの行事を見ることができませんでした。




完全に暗くなるまで残る予定ではなかったため、来た道を歩いて戻り、ファミリーマートの近くに停めていた車へ向かいました。祭りの会場から約1km離れていても、鉦や太鼓の大きな音がまだ聞こえてきました。幸い、ファミリーマートは営業時間を延長していました。さらに、店員さんがスイカを一切れ無料でくださったのも嬉しかったです。夕食もそこで買うことにしました。能登では夜遅くまで営業していない飲食店も多く、午後7時頃だったにもかかわらず、すでに閉まっている店が多かったです。
志賀町まで自分一人で行こうとは、正直あまり考えていませんでした。特に、公共交通機関ではバスの本数や路線が限られているため、私にとっては能登の中でも行きにくい地域の一つです。今回は、地元の方が車で志賀町まで連れて行ってくださったおかげで、この祭りを実際に見ることができました。




